東大とか関係なく

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東大式だか何だか知らないけど、計画性の有無にあまり大学は関係ないでしょう。
読者集めのための一つのブランドとして東京大学が記事に使われているだけであって、もちろん一部の人々には参考になるのだろうが、結局人間の生きざまなんてのにそれほど学歴は関係ない。
要はどうやって生きるか、これに尽きる。
年初めの計画、私も若い頃はいつもそうだった。
でもわざわざ年初めにバカの一つ覚えみたいに抱負をひとり語ったところで実行が伴わなければ何の意味もない。
ということは、計画というのはいつでも立てられるってことさ。
そんなに身構えなくても大丈夫。

私が自分は外国で暮らしたいと思ったのは5歳ぐらいの時。
その時から私の人生計画は始まった。
もちろん挫折なんてのは同時進行であるものだし、失敗や諦めの繰り返しで当たり前。
そんな魔法使いじゃあるまいし、そう思い通りにひょいひょいと人生は進まないさ。

一番大事なことは「諦めないこと」、これに尽きる。
どんなに奈落の底に突き落とされようが私は決して諦めなかった。
祈りが叶うと聞けばいろんなお寺や神社をお参りもしたし、元々自分はカトリックだが、とにかく願いが叶うと聞けば祈りに出掛けたし、その場所などがTVで報道されていたりすると画面に向かって必ず両手を合わせて祈った。
バカみたいと思われる人もいるかも知れないが「信じる者は救われる」、これは本当よ。
というと必ず人を信じることが大事、などという記事も多くあるが、ダメだ、人を信じてはダメだ。
とにかく自分を信じて、願い事が叶うと一般に言われている場所には何かそれなりの理由や意味があるようで、そういう場所で願ったことの大半が叶ったのは事実。
私の場合は、ね。
迷信云々とではなく、一般に「あの場所で祈ると願いが叶う」と言われているのにはやっぱり何か目に見えない何か、というより人々の思いが集まっている場所にはそれなりの強力な力が集まっているようで、私はそれらを子供のように純粋に信じる。
「祈っても願っても何もならないじゃないか」などと怒っている人も見掛けるが、それは自分の努力が足りないから叶わないのだ。
ただお願いするだけ祈るだけで後は知らんぷりでは当然ダメだよ。
自分はどうなりたいのか、何を望んでいるのか、しっかりと自分で計画を立てて、それをいつもここに描き、その自分の計画や夢に向かって一歩でも、いや、1mmでも進む努力をしなければ何も始まらない、何も進まない。

私が幼い頃にあった娯楽施設などといえばデパートぐらいしかなく、でも当時のデパートはほんとに凄いワンダーランドで、毎週末父に連れられて行ったデパートは夢の世界だった。
私の年子の弟は当時信じられないほどの重度の喘息という病を抱えていて、チアノーゼ反応が出るほどの窒息寸前の凄まじい発作を度々起こした。
その弟と、苦しむ母の姿を私に少しでも見せたくなくて父は私を毎週日曜日になると外に連れ出した。
私はそこまでの深い理由があったとも知らずにとにかく父と毎週日曜日に出掛けられるのが嬉しくて堪らなかった。
私が生まれ育った福島県福島市での話。
いつも父と行くのは中合デパートや福島駅ビルなどだった。
大好きなアイスクリームを食べて、お子様ランチを食べて、住んでいたのは福島市中町で街中だったのでとても便利だった。
父方の祖父が経営していた中栄電機という店が、今でも中町に残る羊羹の店「菊屋」の隣にあって、今は全部駐車場になってしまったが、その中栄電機と背中合わせに三沢医院があった。
その隣が「鉄屋」など。
もう少し行った先にあった「山田金物店」は、父方の祖母が幼い頃に養女になった家だったのでうちとは親戚付き合いのような関係だった。
私の家のすぐ近くにはプラモデルの「せきや」や、高橋酒店、落合薬局などがあった。
うちの屋上から西の方をみるとずっと奥の方に国際パールという映画館が見えて、その隣にあった「ジャワ」というラーメン屋さんも私にとっては非常に懐かしい場所だ。
「佐藤歯科医院」とはうちとはそれぞれ長男同士が中学校や高校で同級という幼馴染のご縁でこれまた歯の治療に行くといつも奥の御自宅に通されて大奥様から「めぐみちゃんめぐみちゃん」と可愛がられて育った。

またまた話が飛んでしまった。
そう、その中合デパートに行くといつも自分が欲しいおもちゃの前に行ってはいつまでも見入っていた。
そういう姿を見れば大人が買ってくれるだろうという計算などこれっぽっちもなく、ただひたすら欲しい、もうその気持ち一つだけで「どうかこのおもちゃを買ってもらえますように」とひたすら願った。
決して親に向かって「ねえ、あのおもちゃ買ってぇ、買ってぇ、買ってってばぁ」など駄々をこねる子供ではなかった。
ただひたすら願う子供だった。
で、いつも必ずそれらのおもちゃを買ってもらった。
まぁこんな子供は別に珍しくも何ともないだろうが、欲しいもの、願うことを諦めないというのは丁度こんな感じだと思う。
人にわざとらしく強請るのではなく、純粋にひたすら願うだけ。
だからとても簡単。

海外移住が決まったのは29歳の時。
30歳になったばかりの時に日本を離れて、そして現在に至っている。
それまでにコツコツとお金を貯めて、きちんと計画を立てて生きて来た。
20代の時に貯めたお金でカナダで初めて250万円で土地を買った。
ずっと何十年も200万円だと思い込んでいたら、この度、湖🏠を売却するにあたって古い書類が出て来て、200万円は間違いで正しくは250万円だったことを改めて知って、「おいおい、しっかりしてくれよ記憶」と長男から窘められた。
最初は移住者は不動産などは買えず、土地もカナダ人の夫名義として買ったが、後に私の名義に変更した次第。

私の場合、いつもノートに自分の希望や夢、計画などを書き込んでいた。
今でもノートの書いたらいい、みたいな記事も多いが、別に今の時代、わざわざノートを使わなくても非公開ブログなどSNSにも自分だけが見えるようにして書き込むことは可能だし、やっぱり自分の手で自分の筆跡で書き残したいという人はノートに書いたらいいと思う。
今でもその習慣はあって、手帳にいつも自分の希望や計画を書くようにしている。
どんな小さなことでも書いている。
例えば買いたいものが少しでも安売りされて安くなりますように、とかね笑
で、それらは必ず叶う。


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