朝のパリで

息子が利用しているメトロのピラミッド駅。
朝の通勤時に、ふとどこからか「ケベック」という言葉が聞こえて来た。
こんなところで、こんな時間にいきなり「ケベック」も有り得んだろう、きっと聞き間違えか空耳だろうと思ったらしい。
メトロ駅を出たところでよくビラ配りをしているそうだが、どうもそこから「ケベック」が聞こえて来る。
耳を傾けると、「ケベックで暮らしてみましょう」「ケベックに住んでみませんか?」と言いながら数人がビラを配っている。
いつもは、ビラなど無視して歩くパリの人たちが立ち止まったり、もらったビラをいつまでも見て歩いたり、大事に仕舞ったりしているではないか。
よく見ると、ビラというよりちゃんとしたパンフレット、しかもなんとケベック州主催のパンフレットだったので、息子はびっくり仰天!
ケベック州がパリの街で何を宣伝し始めたのか、半信半疑で息子もパンフレットをもらって来た。

なるほど、「ケベックには場所がある」とは、まあ確かに州土は広いからね。

ケベックでは計画が実現出来る」

「言語は同じフランス語だし、男女同権で暮らし易く、子供の教育も充実しており、・・・」

保育所のことが書いてあるけど、私が子育てしていた時よりもずっと改良されていて、保育料なども当時とは比べにならないほど安くなっているのは知ってるけど。昔は、結構大変だったからね。最近ですよ、こんなに良くなって来たのは。と、州民の一人として言ってみた。
息子がこのパンフレットを読んで、「じゃぁ、ここに書いてあること全てが、フランスには無いと言ってるみたいだよね、これって」と言って笑っていた。


確かに子供たちの学校など、周りを見渡してみると、フランスからの移住者がここ10年ぐらいの間に物凄い勢いで増えている。
まるでその流れに逆らうように、パリに留学したり、パリで仕事したり、パリに不動産を持ったりする私たちは、(ケベック人だけじゃなくフランス人も含む)周囲の人たちから、「私たちとは真逆のことをしている」と度々言われる。
フランス・ケベック間の飛行機も、増便されると聞いて喜んでいると、実は全部フランス発だったりする。
今度のボルドーマルセイユも全部フランス発と聞いてガッカリ。
で、彼らがフランスに帰る時は、モントリオール発がほとんど。我々家族だけには、全然嬉しくない増便なんである。
パリのモンテーニュ通りのカナダ大使館には、ケベック州への移民を目指す人々でごった返す。
そんな現状である。


日本から見たフランスと、ケベックから見たフランスの、そのギャップというか落差と言ったら、もう全然違うのである。
日本では、「パリ」「フランス」とちょっとでもくっ付いただけで、何となく価値あるようにさえ見えてくるんだろうし、お洒落だのカッコイイだのと賞賛されるわけだが(もちろん例外あり)、ケベックから見たフランスは、まさしく「仲違いした兄弟の土地」そのもので、「一度旅行したらもう二度と行かなくてもいい所」とか「物価が高い」「気取っている」「古臭い」「不潔」「ストばっかり」などなど悪態オンパレード。
フランスのことを褒めるケベック人になど、今まで一度もお目に掛かったことが無い。
いや、無かった。
今やすっかりフランスに根付いてしまっている私たちの前では、そこはやっぱり大人の配慮もあるのだろう、「あなたたちが好きなものを貶すわけにはいかないし」という何とも言えない複雑な表情で、私たちのパリ生活について訊いて来たりする、その無理のある態度が、見ているだけで可笑しい。


ケベック人の中には、フランスに転勤などが決まったものなら、もうお先真っ暗みたいに落ち込み、同じフランス語なんだからいいじゃない?と励ますと、わざと「フンス」などとパリの発音を真似して馬鹿にしてみたりする。この「フンス」は、よくケベック人たちが、フランス人たちを貶す時に使う表現だ。
フランス語の違いに関しては、彼らの永遠のテーマみたいで、お互い貶し合戦が長しえに続くことでしょう。
私は日本人なので、そんな歴史的背景のある恨みつらみは関係無いし、関わりたくも無い。
でも、その貶し合いが、心の底から憎しみ合うのとは違って、傍から見ていると「兄弟喧嘩」そのものですけどね。


ところで余談だが、日本やフランスからケベックに戻る時、空港の税関でよく「Bon retour」、つまり「おかえりなさい」と声を掛けられる。
そんな時、ケベック州自体から「戻って来てくれて嬉しいよ」と言われているみたいな気分になる。
残念ながら、日本の税関では「こんにちは」とも何とも言わないんですね。
帰国した際に、「こんにちは」と言いながら日本のパスポートを差し出しても、無言無表情のままパスポートを付き返されるのは、いつもなんだか哀しいね。



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