20年前の今日

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当時事件直後に報道されたことはいろいろと帳消しになっているようで、実際あの日に起きたこと、事故現場から700kmほどの距離にいた自分にとっては未だに不可解な出来事の多くが記憶に残っている。

当日は快晴で仕事中に起きた事件だったが為に当然ながら仕事は続行できず。
お客たちの延泊手続きなどで何処も彼処も怒涛のような状況の中、何とかそれらを済ませ直ぐに空港へ向かった。
ツアー自体はモンモランシー滝にて中断したのを憶えている。
資料などには米国のみとあるが実際は北米上空を飛んでいる飛行機は全機とも着陸命令が午前10時前後から発令され、各空港は厳戒態勢で、午後からは飛行場に向かい、緊急着陸するための飛行機に日本人がいないかどうか確認を急ぐよう会社からの指示があり、夜9時頃まで飛行場で待機。

滝のところで仕事仲間数人と合流し会社からの指示を待っていた時、多くのケベック人たちが乗っ取り機がケベック州に向かっているようだとパニックになり、目が痛くなるほどの見事な快晴の青空を不安な気持ちで見上げたことを忘れない。

実際、テロリストの数人はケベック州から米国に入った足取りも分かった。
理由はケベック州内のフライトスクールで学んだ直後に米国入りしたから。
そのフライトスクールの場所も当時は大方知られていたが今では報道は一切されておらず。
米国からの報道規制も当然ながらあるのだろう。
時報道に関わった多くの人々が老いたり亡くなったりして様々な情報は消えつつある。


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