入れ歯物語

ケベックで生活してて兼々感じていたことがある。
レントゲン撮影の時や、出産の際に必ず病院から言われるのが「入れ歯を外して下さい」である。化粧は許されるのに、である。入院する時に日本では化粧など絶対にご法度だと思うけど、ケベックでは化粧だけは何も言われない。ケベックでは、却ってノーメークだと、だらしない的なことを言われることさえあるのだ。
ケベックでは数回入院した経験があるが、当然入院中はノーメーク状態でいた私は、ある時、シーツ交換にやって来た看護婦たちから「化粧ぐらいしたら?だらしなく見えますよ。ほんとに恥ずかしいわ!シャワーも毎日ちゃんと使っているんでしょうね?」と叱咤された。とてもじゃないけど、身体は弱り切っていて、歯磨きや洗顔さえやっとという時にこんな風に言われて驚いてしまったことがあった。「どうして病気なのに化粧なんかする必要があるの?」と言い返すと、「人間どんな時にも身嗜みが大事なんですよ。きちんと最期までね」と。最期まで、って死ぬような病気じゃないと言うと、隣の部屋に入院しているマダムなんとかは、もうあまり先が長くないのに、ああしてきれいにしていますよ、と。そのマダムなんとかは、日中なんと病室のベッドに横にならずに、ベッド傍のロッキングチェアに、きちんと服を着て化粧して髪までセットして座っているのだ。時々気になって廊下を歩きながらちらとその部屋を私は見ていたのだが、最初はお見舞いに来ている人だと思った。目と目が合ってもニコリともせず、仏頂面の可愛くないマダムだったし、ちょっとボケててあんな風なんだろうと私は思い込んでいた。どう見ても100歳ぐらいまでは生きそうだったけどね。


さて、そのケベックで、入れ歯だけは外せ外せと煩く言われるのだ。
50歳目前の今だったらまだしも、まだ30歳になったばかりの頃にも言われて憤慨した。私ってそんなに老けて見えるのかと奈落の底に突き落とされたような気分だったが、よくよく聞いてみると、「あら、20代でも入れ歯の人は珍しくないですよ」とのこと。確かに、非の打ち所のないお洒落な、それも入れ歯年齢とは程遠い女性が、実は総入れ歯だったと聞いて驚いた例は数え切れない(数えることもないんだけど)。
今まではこうしてただ驚くだけで、それ以上の探求はしなかった。どうも詰めが甘かったようだ。私としたことが。反省。ケベックでは、ボンボン抜歯する人口が多いということは、入れ歯産業も盛んだということなのか。ケベック在住19年目にして初めて知ったケベック入れ歯事情。


あ、そう言えば、私も使ったことがありますよ、入れ歯。
 
 → 

・・・ハロウィーンの時にね。


 こんな動画も見付けました。
タイトルが「Dentier Volant」(訳:「飛んだ入れ歯」)
こちらからどうぞ → http://www.koreus.com/video/parachute-dentier.html