停電で始まった悲しみの日

朝から突然の停電、なんと夕方まで続く。
日本では信じられない事だと思う。
ナニモデキナイ。
一日の予定はめちゃくちゃだ。
以前はよく停電になる度に、何か今できることを精一杯やろうなんて頑張っていたこともあったが、もうバカらしくて頑張ってなんかいられない。
水もお湯もだめ、お茶も飲めない、トイレも流せない、テレビも電話もだめ、そしてPCもだめ、暖房もだめ。
こういう停電が月1〜2の割合で起こる。
もう頑張らない私は、停電が起こると、ただじっと寝たまま本を読んだり眠ったり。
子供たちそっちのけで街のアパートに、避難するわけにもいかない。
ガソリンは1リットル1ドル3セントもするので、車でどこかに行くなんて毛頭考えない。
それにいつ電気が戻るか分からないし、下手にうろうろしたくはない。


19時よりTさんのお通夜に出席する。
Tさん一家とは当地に来てからの長いお付き合いだ。
Tさんと夫とはさらに古く、お互い神父時代からのお付き合いである。
正月パーティーで二人並んでいつまでも語り合っていたが、何を最後に話していたのか夫に訊いたら、東北の話をしていたらしい。
二人とも主な布教地は東北だった。
A森、I手、M城、F島と、二人合わせて四県に渡る布教活動だったらしい。
その頃の懐かしい話をしていたという。
夫は悲報に泣き崩れた。


まるで眠っているようなお顔だった。
両手にしっかりと巻きつけられたロザリオが、彼が生前神父だったことを物語っていた。
たとえ結婚しても、神父は神父である。
今のバチカンでは聖職者の結婚は認めていないが、私がそんなバチカンを認めていない。
一度神父になった人は死ぬまで神父だ。
Tさんも主人も子孫をこの世に残して本当によかったと思う。
本当によかった。