古い&不便

映画にて、Saganの家としての設定で使われたものだが、監督さんの家を実際は使ったとか。
とってもフランス的な内装だと思うが、ケベックから行くと、この古さがかなり堪える。
しかしながらも、サガンの小説から飛び出してきたような世界であるのは確か。














ちぐはぐな椅子の組み合わせや、今にも崩れ落ちそうな壁や漆喰、柵、窓枠やシャッター、だいぶズレのある内装工事の数々、不便な作りなどにいちいち怒りを感じるのだ。この古さや不便さに慣れないと、到底フランスでの生活は出来ないと思う。アンティークに興味があれば、もっと楽に溶け込めたようにも思う。
カビだらけの壁や、ボロボロの窓柵でも平気なフランス人が理解出来ないのだ。歴史のある日本からダイレクトに行けば、こんなに違和感は感じなかったのだろう。実際、20代の頃のフランスでの生活は快適そのもので、その古さや不便さを喜んで受け入れていたように思う。当時の恋人の別荘での暮らし、蝋燭や暖炉が当たり前の生活でも平気だったし。
北米生活を経由すると、それらに慣れるのに、随分と時間を要するみたいだ。ケベックでは、たぶん粗大ゴミの山ぐらいでしか見付からないような代物が、フランスでは平気で応接間などで使われているのだから、これには心底驚いてしまうのだ。
長男も私同様、フランスの古さ&不便との戦いが連日のようだ。
特に、銀行やクレジットカードなどの金融システムで不便極まるものがあるそうで、未だにキャッシュ主流の社会だし、インターネットでの取引さえなかなか出来ない。そのために、しょっちゅう銀行に足を運ばなければならず。銀行の窓口には7〜8人のスタッフが並んでいるのに、一人のお客を捌くのに30分以上も掛かっているそうだ。当然、並んでいる列はどんどん長引き、そこはやっぱりフランス人だからみんな口々に文句を言い始めるらしい。この文句を言うのだけはケベック人も同様。「信じられない」「彼らには頭があるのだろうか」「なんてこった」「クソくらえ」・・・フランス人とケベック人は出処が一緒だし、ね。
でも、ケベックでの生活で、この金融機関に苛々させられることは殆ど無い。家やインターネットなどの電線関連工事なども、すぐに職人さんが飛んで来てくれるし、まぁ、待たされるとしたら病院の診察順番ぐらいか。
慣れる・・・これしか無いね。
私にとって、ケベックは、向こうから私を好いてくれる恋人、フランスは、何度捨てられてもその魅力に取り付かれて私から縋り付いて行くような恋人という感じ、かな?お見合いと恋愛の違いぐらいか?