メルルの家


ここローレンシャンに家を建てて移り住んでからそろそろ20年が過ぎようとしている。
最初はケベックの街中に住んでいたのだが、折角カナダに来たのだから、この雄大な自然の中で子育てしてみたくて、移住してわずか1か月後に今のこの土地を買った。
移住してすぐによくそんな土地勘があったものだと回りから言われたが、元々私は不動産や建築などに興味があって、一日中延々と不動産の宣伝を流しているチャンネルに気づいてからは、ずっとそれにへばり付き、銀行やショッピングセンターなどの入り口によく置いてある不動産情報のフリーブックを持って来ては片っ端から繰り返し見ていた。
これでフランス語と地名を覚えたくらいである。
地名は、ケベック人である夫に訊けばだいたいどの辺りなのか分かったが、その夫でさえ知らない地名も時々登場することがあった。
辞書で調べても解らない言葉はメモしておいて、夫が帰宅するのを待って訊いては習得していった。
不動産、建築、インテリア関連の他に、料理レシピやドラッグストアのチラシ、癒しやアロマ、香水、ファッション関連からも随分とフランス語を学んだ。
フランス語の教本は、ページを開いて数分後には欠伸連発の私でも、自分の好きなことには何時間でも時間を掛けることが出来た。
というか、これは誰でも同様だと思うが。




実際いくつもの土地や家も見て回った。
あれが本当に勉強になった。
米国との国境がどのようになっているのか知りたくて、国境沿いにいくつもの税関を見て回ったりもした。
物好きというか何というか。
中には、まるで小屋のような作りのちっぽけな税関も多く、カナダ・米国それぞれに税関担当者が各一名しかいないところもある。
一番の目的は、カナダと米国との国境を跨いでみたかったのだが、その国境というのは一本のラインではなく、国境幅だけで1km近くあって、跨ぐだなんてとても無理な話だった。




ああ、話が逸れた。
元に戻そう。




だから街中に住んでいたのはほんの数ヶ月。
家が完成するまでの期間、ここの近くにあるもう一つの湖で、ドイツ人が別荘として持っていた家を借りて住んでいた。
熊やスカンクに遭遇しては腰が抜けるほどビックリしたり、生まれて初めてオーロラを見て卒倒しそうなくらい感動したり。
寒さの厳しいところだけど、それと引き換えに豊かな生活が約束されていた。
元々動物系が苦手な私が、この自然の中での生活で、動物との共存を余儀なくされた。
自分の土地の中で熊が冬眠していたこともあった。
湖からのそのそ歩いて来たのか、恐ろしいくらい大きなカエルが庭にジッとしていることもある。
キッチンの窓から見える木にはリス家族が棲んでいて、皿洗いしながらふと外を見ると、木の穴から顔を出しているリスと目が合うこともある。
通常、動物というのは、物静かな人々の住むところに棲みつくと何かで読んだことがある。
ところがわが家は、わんぱくお転婆の子供が3人いるし、私も声が大きく騒がしいので、決して静かな家ではないのだ。
よくそんなところに動物たちが寄って来るものだと常々不思議に思うのである。




そしてこれもその一例。
毎年、メルル(Merle d'Amérique)という鳥がわが家に巣を作る。
つぐみの仲間で、喉から胸にかけてきれいなオレンジ色をした鳥だ。
丁度デッキの下に巣を作るので、板と板の合間から、鮮やかなトルコ石のような色の卵を見ることも出来る。
子供たちが小さい頃は、よくデッキの上に腹ばいになってこの美しい卵を小さな隙間から覗き込んでいた。
子供たちはその巣を「メルルの家」と呼んでいた。




その巣も毎回一つではなく複数作られる。
今年ももうすでに二つ作られていた。




巣に種でも含まれていたのだろう、可愛い芽が巣から出ていた。
これで花でも咲いたら可愛いね♪




デッキの端の方にもう一つ。




初代?の崩壊した巣。




この涼しい、というか寒いローレンシャンで一番美しく咲く花はなんといっても野の花です。