謎の八ヶ岳

建物の中からいかにもそこで働いている風の中年の男女が出て来た。
「すみませーん」と声を掛けてみるが、彼らは私たちをちらとも見ずに、あっという間に車に乗り込んで行ってしまった。
広い前庭をぐるっと回って出る時も、まったく私たちには気付いていない様子だった。
それ自体不思議なことだったのだが、その後が更に不思議であった。
重い木のドアは鍵も掛かっておらずにすっと開いた。
何度も「ごめんください!」と叫んでみたが応答なし。
し〜んと静まり返っている。
仕方が無いので、抜き足差し足忍び足で上がりこんでみた。
まるで泥棒の気分である。
まず玄関ホールが想像通りだったのだが、それから次から次に現れる部屋はすべてドラマのままだった。
撮影には殆んどスタジオが使われたそうだが、私の頭の中の世界がそのまま目の前に広がっていた。
私は興奮した。
暖炉の付いた広いダイニングは、テーブルも椅子もなく、がらーんとしていた。
その奥には大きな厨房が。それもさっきまで使っていたような温もりがある。
キートン演じるシェフが奥から出て来そうだ。
棚には食器がずらりと並んで重なっている。
それからまた玄関ホールに戻り、今度は2階に上がって行った。
「誰かいませんか?」
し〜ん・・・再びの静けさである。
客室が並んでいるが、ドアの開いているのもあるが、閉まっているドアも鍵が掛かっていない。
全室見てみたが、乱れているベッドがいくつかあった。
それもそこに寝ていた人が私たちの声を聞いて、慌てて立ち去ったようなそんな雰囲気が漂っていた。
じゃあ、それって誰? 自分で自分に問うて怖くなってきた。
あとは後ろも振り返らずに一目散に外へ。
雪の中、建物の周りを一周してみる。どの窓も静まり返っている。
ここで窓のカーテンがふっと揺れて・・・なんていうと話も面白く展開しそうだが、残念ながらそんなこともなく、まったく人の気配がないのだ。
でも確かに先程まで誰かがいたのだ、つい先程まで・・・。
あの男女は管理人か? 間違ってもお客ではない。
格好がエプロンのような作業着みたいだったし、車も小型の営業用だった。
管理人だったら何故鍵を掛けないのか?
私たちはそこに1時間近くもいたのだ。
誰か戻って来ないかと、しばらく車中で待機していたのだ。
仕方なく、何度も何度も振り返りながら帰路に着いた。
夫も私もまるで夢を見ているようだった。
でも夢ではない、私はそれをビデオに撮影しているのだ。
時々思い出して夫とそのビデオを見るのだが、ほんとに不思議な出来事だった。
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