あなたの知らない「隠れてんかん」の症状 | 脳と心の再生カンファレンス | 工藤千秋 | 毎日新聞「医療プレミア」

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あなたの知らない「隠れてんかん」の症状
2017年1月26日 工藤千秋 / くどうちあき脳神経外科クリニック院長


ここ数年、てんかんの患者さんが自動車を運転中に発作を起こし、周囲を巻き込む死亡事故に至ったケースなどが報道され、てんかんそのものが注目を集めています。ただ、一般のてんかんに関する誤解は依然根深いものがあります。皆さん、てんかんというと、「失神して手足を伸ばして硬直させ、その後バタバタと手足のけいれんを起こす病気」というイメージをお持ちではありませんか? 医学が未発達の時代には、こうした症状から「キツネに取りつかれた」などと言われたこともあります。


てんかんの症状は多彩です。一般の方々はてんかんというと、「けいれん」をイメージすることが多いようですが、けいれんは、てんかんの症状のごく一部に過ぎません。そして私たちが日常、周囲の人と接していてふと気になる症状の中には、本人も周囲も気づいていないだけで、「実はてんかんの症状だった」ということもあるのです。今回はこうした“隠れてんかん”についてお話しします。


てんかんはありふれた脳神経の病気
そもそもてんかんとは、脳の神経を通じて伝わる電気的信号が過剰になることで、極度の興奮状態になる病気です。この興奮状態がさまざまな症状を呈する発作として出現するのです。最近、てんかんの公式病名を変更した韓国では、新たな病名を「脳電症」としているくらいです。あくまで神経の病気であって、心の病気ではありません。


てんかんの患者さんは、これまでの研究から、年齢や性別に関わらず人口の1%前後いると言われています。人口から単純に計算すれば、日本のてんかん患者さんは推定120万人となります。脳の病気として一般的によく知られている脳卒中の推定患者数が300万人超ですから、その半分以下とはいえ、決して珍しい病気ではありません。


ただ、脳卒中と異なるのは、患者さんのうち病院で治療を受けている人の割合がかなり低いという点です。背景には、患者さん自身がてんかんであることに気づいていないケースが少なくない、という事実があります。


てんかんは、発作の発生の仕方によって2種類に分けることができます。発作が脳の一部分で起きる「部分発作」によるものを「部分てんかん」、脳全体に興奮が及んで「全般発作」を起こすものを「全般てんかん」と呼びます。一般の人がイメージするけいれんなどのてんかんの発作は、おおむね全般てんかんです。これに対して、部分てんかんは本人も周囲も「ちょっと変だな」と思う程度で、発作に気づきにくいのです。部分てんかんてんかん患者の発作の約半分を占めるとの報告もあります。


日常生活で見逃しやすい部分てんかんの症状
部分てんかんの発作は、さらに単純部分発作と複雑部分発作の2種類に分類できます。単純部分発作では、自分の意思とは関係なく少し手足がぶるぶる震えたり、首がねじれたり、ピカピカ光るものが見えたりする、などの症状が起こります。この時、本人にはいつも通りの意識があります。一方、複雑部分発作では目が据わったような状態でぼーっとしたまま、口をクチャクチャ動かす、服のボタンを外すような仕草をする、何かを探すかのように机の上をまさぐるなどの行動を起こします。複雑部分発作の場合、意識が曇り、発作が治まった後はその時のことを覚えていないことが多くなります。


どちらの部分発作も数十秒程度から1分程度で治まることがほとんどです。周囲が異変に気付いても、「おい、どうしたんだ?」と声をかけているうちに発作が治まってしまうことが多く、本人も周囲もいつもと違うことが起こったことは認識しても、「ちょっと疲れがたまっていたのかな?」「居眠りでもして一瞬寝ぼけていたのかな」と片付けてしまいがちです。


高齢者では認知症と間違われるケースも
問題は、このような発作があるのに、原因がてんかんだと気づかないまま過ごしていると、発作の繰り返しで脳へのダメージが蓄積し、より大きな発作を起こしてしまう可能性があることです。重篤な発作の場合、5〜10分以上も続いて突然死に至る可能性があるため救急搬送が必要な「てんかん重積状態」となることさえあります。


またてんかんは子供の病気と思っている人も多いでしょう。確かに、新たに発病するのは3歳以下の乳幼児期に多く、成人してから発病する人は少数です。ただし、60歳以上の高齢者では脳卒中など脳血管疾患の発症をきっかけに、新たにてんかんを発病することも少なくありません。この場合の発作として多いのも部分てんかんです。


高齢者で部分てんかんの症状が表れると、周囲は認知症を疑い、医療機関でも認知症と誤診されてしまうことがあります。てんかんの診断では脳波が大きな手掛かりになりますが、専門医でなければ脳波まで調べないことも多くあり、そのことが、認知症と間違えられやすい原因となっています。そして高齢者でてんかん重積状態まで悪化した場合は、脳への深刻なダメージを起こしやすく、最悪の場合は意識を失ったまま寝たきりになる危険性もあるのです。


適切な治療で健常者とほぼ変わらない生活が可能
てんかんと診断されると、特に高齢者はてんかんに対する偏見が今よりも強かった時代の影響なのか、かなりショックを受ける人がいます。しかし、現在では新たにてんかんを発病した患者の約7割は、治療薬を服用することで発作がほとんどない状態を維持することができ、それほど怖い病気ではありません。だからこそ、お話ししたような症状が認められる場合は、早めに脳神経外科神経内科などの専門医を受診し、重症化を防止することが必要なのです。【聞き手=ジャーナリスト・村上和巳】


工藤千秋
くどうちあき脳神経外科クリニック院長
くどう・ちあき 1958年長野県下諏訪町生まれ。英国バーミンガム大学労働福祉事業団東京労災病院脳神経外科鹿児島市立病院脳疾患救命救急センターなどで脳神経外科を学ぶ。89年、東京労災病院脳神経外科に勤務。同科副部長を務める。01年、東京都大田区に「くどうちあき脳神経外科クリニック」を開院。脳神経外科専門医であるとともに、認知症高次脳機能障害パーキンソン病、痛みの治療に情熱を傾け、心に迫る医療を施すことを信条とする。 漢方薬処方にも精通し、日本アロマセラピー学会認定医でもある。著書に「エビデンスに基づく認知症 補完療法へのアプローチ」(ぱーそん書房)、「サプリが命を躍動させるとき あきらめない!その頭痛とかくれ貧血」(文芸社)など。


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