花を愛でる

ケベックにはもちろん梅の花はない。
日本に住んでいた時は、よく大倉山梅園(横浜市港北区)に行ったものだ。
この花を愛でるというのは日本人独自のものではないだろうか。
日本人でよかった、としみじみ思うのである。
花ではないが、紅葉を観賞するのも日本人だけかと思う。
だからこそ秋のケベックが日本人で埋め尽くされるのであろう。
ケベック人たちの観賞の仕方を見ていると、「おお、きれい」それで終わってしまって、すぐ他の話題へ。
日本の人たちを見ていると、「きれいねえ・・・」と言いながら、いつまでもじっとして見ている。
振り返り振り返り見ている。
この違いだろう。
例えその風景が見えなくなっても、余韻に浸っている表情が伝わってくるのだ。
回りの人たちとあらためて「きれいですねえ」と言葉を交わし、次の何かビックリが来ないうちは、その余韻をずっと引き摺る。
そういう時の私たちの話の持って行き方も要注意だ。
突然まったく違う種類の話など始めたらヒンシュクを買うであろう。
といって無言ではマズイし。
あ、これは観光の時の話、いつの間に仕事モードになっておりました。