抜歯物語

(右の写真は「風刺」です、悪しからず)
今日は、歯医者で奥歯を2本抜歯する予定だった。
しかし・・・
考える期間1週間の猶予があったのだが、どうしても抜歯に賛成出来なかった。
医者でも無いのに、と思われるかも知れないが、でも自分の身体なんだし。
友人たちや親から日本の歯医者さんたちの話を聞いたり、はたまた日本の厚生労働省が、80−20運動というスローガンを立ち上げており(80歳で20本の歯を残そうというスローガン)、日本ではなるべく抜歯を避ける方針だと知って、もう2度と生えて来ない永久歯をこんなに簡単に抜歯してもいいものかどうなのか、ずっと考えて今日を迎えた。
担当医は、まるで肉団子が弾けたような感じの男性で、今日も元気に事も無げに2本の抜歯に何だか張り切っているようで、「他人の歯だと思って、コイツ」と心の中で毒づいた。これがいかにも悪徳っぽい危なそうな歯医者とかだったら、有り得そうな話だが、ケベック州三大大学の一つであるラバル大学歯科学部内医院でのことなのである。レントゲン写真を見ながら肉団子から説明を受けたが、そんなもう手の施しようの無い歯でもないのである。父方からの遺伝病みたいなものなのだが、代々が、歯神経がとても敏感で、ちょっとの炎症でとても痛む体質なのだ。こんなの何にも感じない人もいるんだろうね。歯が殆ど原型を留めていないほどの酷い虫歯でも痛まない人っているもんね。羨ましいなぁ〜
「日本では少しでも歯を抜かずに保存しようという考えがあって・・・」と私が話し出しても、それを遮るように「いや、抜きますよ、何と言っても。だいたいここは日本じゃなくてケベックですからね」と偉そうに肉団子は言い放った。たぶん肉団子は、細かい歯神経の治療とかが面倒で、いっそのこと抜いて後は入れ歯でも何でも入れりゃぁそれで済むんだよ、こんな簡単なこと無いじゃないかと、まるで顔に書いてあるようだった。っていうか、この方針は何もこの肉団子だけではなく、ケベック州歯科委員会?みたいなところで謳われているものなのだろう。
親知らずならいざ知らず(あ、ちょっと言葉遊びっぽい)、まだ原型を留めている奥歯を二本もいっぺんに抜くなんて・・・しかも、だ、抜いてからすぐにインプラントが出来るのかと訊いたら、「ああ、予約は秋まで一杯ですよ」って、アンタ・・・そんな何ヶ月もそんな通常よりずっと足りない奥歯で生きて行けと言うのか?そうだよ、通常よりずっと少なくなるのだよ、私の場合は。だって親知らずが上下とも無いんだもん、私。小学生の頃の理科の時間に先生が教えてくれた「奥歯と言うのはとても大事です。そう、まるで臼のように食べ物をよく磨り潰す働きがあるのです」という言葉が何度も頭の中をグルグル駆け巡っていた。「そんな長い期間、奥歯が無い状態で、どうやって噛むのですか?」と私。「問題無いです。上の歯が伸びて来るし」と肉団子。上の歯が伸びて来る?トカゲの尻尾かよ、歯っつうのは?確かにそんな現象もあるんだろう、ケベック人たちには。
確かに、回りのケベック人に意見を訊くと、抜歯を経験している人が多数なのは確か。しかもそのままにしている人が多いのも確かなのだ。大口開けて笑ったりすると、「あれ、この人、歯が無い?」っていう人が結構いるんですよ。簡単に歯を抜き、逞しく歯茎の人生を送るケベック人たち。
肉団子と話しているうちに、私はとても恐くなった。この無謀とも言える開拓移民たち(の子孫)のことが例えようも無く恐ろしく感じた。すると、私の体調に変化が生じたのだ。そう、血圧が物凄い勢いで上昇し始め、上が159、下が110になってしまった。すると肉団子が焦り始めた。「参ったな、こんなに血圧が高いんじゃ、とてもじゃないけど抜歯は出来ないな」と言い出した。このまま痛むのも嫌なので、私はいよいよ観念して、「いいですよ、今すぐに抜いて下さい」と俎板の鯉になっていたのに、今度は出来ないと来た。まぁ確かに血圧上昇を無視して抜歯するのはとても危険なことは、馬鹿な私でさえも知っている。想像しただけで、なんか恐そうだよね。歯茎からすごい勢いで大量の血が吹き出るとか想像してしまう(そんなことは無いだろうけど)。
確かにショックなどから心臓発作などを併発する恐れもあるとかで、突然そこに登場したのが、肉団子の先生的存在のオジサンだった。「おお、あなたはとても緊張していますね」と穏やかに語り掛けて来たその人は、イタリア系ケベック人だった。イタリア訛りのフランス語と英語で、滔々と私を宥め始めたのだ。イタリア系って言うと、いかにもカンツォーネっぽい人が多いけど、彼は人を緊張させることも無く、髭だらけの表情が妙にホッとした。赤ひげじゃなくて、イタひげってとこか。
とにかく私の場合、全身麻酔までじゃないけど、血管注射で安定剤を打ちながら抜歯しないと、パニック状態を引き起こす傾向が強いので、とても危険だとイタひげは言っていた。また、抜歯治療に対しての強い反発感がどうしても治療の妨げになるとも言っていた。とにかく今日のところは家に帰って、血圧もだいぶ高くなってしまったので、ゆっくり休養を取り、またどうしても痛みが治まらなかったら、もうその時こそ抜歯となる、大学内医院はもう予約でいっぱいだから、イタひげのクリニックで、安定剤を使っての抜歯となることを説得された。
正直、ホッとした。まあ、いずれは抜歯の日がやって来るにしても、今日はこのまま家に帰れる。初めて私の顔が緩んだのが自分でも分かった。すると・・・イタひげが突然「ワカリマシタカ?」と日本語を発した。「ワタシハ、チョットダケ、ニホンゴガハナセマス」・・・おいおい、何だとぉ〜?じゃぁ、何かい?今までの私の独り言(呟き)がイタひげには通じていたわけかね?「嫌だな、恐いし」とか「歯を抜いたら一気にバアサンだしな」とか言ってたのが通じていたのか。とんだフェイントだ、これは。
イタひげは、30数年ほど前に、モントリオールマギル大学を卒業して歯科医になったそうだが、そのマギルで日本語を習ったそうだ。マギルの医学部は優秀で、日本からも学会や研究などでドクターたちがやって来る。ま、このイタひげを信じてみるとするか。日本語出来るし(関係無いか)。
と言うわけで、暫くの間、2本の奥歯たちは命が救われたわけです。どういうわけか、今日は奥歯たち、ちっとも痛まないのはどうしてなのか?1本ずつそれぞれに意思みたいのがあったりして。きゃ〜(≧◇≦)


ひっそり夕食

「今夜は何を食べようか」と夫と話していて、夫婦二人だけなのに気付いた。
長男はフランス、二男は皿洗いのバイト、長女は友達の家にお呼ばれ・・・
こうしてだんだんと夫婦二人だけの時間が増えて来るんだろうなぁ。
慣れていないので、ちょっとだけ寂しい。